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富山地方裁判所 平成5年(ワ)80号 判決 1996年12月18日

原告(平成五年(ワ)第八〇号事件)

長谷川義孝

(ほか九〇名)

原告(平成六年(ワ)第一八五号事件)

堀俊秀

(ほか二二名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

中島晃

右同

中村和雄

被告

富山県

右代表者知事

中沖豊

右指定代理人

河瀬由美子

右同

舟元英一

右同

谷口文夫

右同

山下今朝夫

右同

三橋光雄

右同

奥田嘉彦

右同

夏野修

右同

村椿晃

右同

橋本和範

右同

大村政人

主文

一  被告は、原告松岡昭(別紙原告目録(一)の原告番号一三)以外の平成五年(ワ)第八〇号事件の原告(別紙原告目録(一)記載のとおり)らに対し、それぞれ金三万円及びこれに対する平成五年三月二七口から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告松岡昭以外の平成五年(ワ)第八〇号事件の原告らのその余の請求並びに原告松岡昭及び平成六年(ワ)第一八五号事件の原告ら(別紙原告目録(二)記載のとおり)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告松岡昭及び平成六年(ワ)第一八五号事件の原告らに関する部分については、原告松岡昭及び平成六年(ワ)第一八五号事件の原告らの負担とし、その余の部分についてはこれを五分し、その二を原告松岡昭以外の平成五年(ワ)第八〇号事件の原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告らに対し、各金五万円及びこれに対する平成五年(ワ)第八〇号事件の原告(別紙原告目録(一)記載のとおり)については平成五年三月二七日から、平成六年(ワ)第一八五号事件の原告(別紙原告目録(二)記載のとおり)については平成六年七月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(なお、別紙原告目録(一)(二)の原告番号には欠番があるが、これは、訴えを取り下げた者の番号である。)

第二  事案の概要

宗教法人井波別院瑞泉寺(以下「瑞泉寺」という。)は、宗教法人真宗大谷派(以下「大谷派」という。)の被包括宗教団体であったが、この被包括関係を廃止し、大谷派からの分離独立を企図し、被包括関係廃止を内容とする寺院規則変更の内部的手続をし、所轄庁である富山県知事に対して、右規則変更の認証申請を提出した(以下これを「本件申請」という。)。これに対し、富山県知事は、本件申請を受けたにも関わらず、約一〇年間その受理をしないままであった(以下これを「本件窓口預かり」という。)。

本件は、原告らが、本件窓口預かりは、瑞泉寺の門信徒である原告らの宗教上の分離独立の自由を侵害するものであると主張し、国家賠償法一条、三条に基づき、右侵害によって原告らの受けた精神的苦痛に対する慰謝料を請求したものである。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

以下の事実のうち、証拠を掲記した事実は当該証拠から明らかに認められる事実であり、その他の事実は当事者間に争いのない事実である。

1  瑞泉寺は、昭和五四年一二月二一日、所轄庁である富山県知事に対し、瑞泉寺規則の変更の認証申請(本件申請)をなした。瑞泉寺は、従前、大谷派の被包括宗教団体であったところ、本件申請にかかる規則変更は、右被包括関係を廃止し、大谷派からの分離独立を目的とするものであった。(本件申請の事実は、当事者間に争いはなく、その余の事実につき甲三の1)

2  富山県知事は、瑞泉寺における右規則変更に関する意思形成過程に疑義が生じたとして、本件申請を受理しなかった(本件窓口預かり。〔証拠略〕)。

3  富山県では、宗教法人の規則の変更の認証に関する事項は、総務部総務課長の専決事項とされている(〔証拠略〕)。

4  本件申請当時の瑞泉寺の代表役員は、住職である大谷暢道であった(〔証拠略〕)。

5  昭和五五年一一月二二日、京都簡易裁判所において、大谷暢道らは、大谷派宗務総長の五辻實誠らとの間で、大谷暢道らは、大谷派に包括されている別院について、その代表役員の地位を住職から輪番に移すことに同意し、大谷暢道が住職となっている別院については、その趣旨に沿った別院の規則の変更に必要な行為をするとともに、その規則変更認証の申請を所管の都道府県知事に対して行う旨の内容の即決和解を成立させた(〔証拠略〕)。

6  大谷暢道は、昭和五七年三月二九日、大谷派から、「瑞泉寺に輪番として在籍中、不法な院議会を開催し、大谷派との被包括関係を廃止する旨の規則の一部変更を審議未了のまま、昭和五四年六月一四日付で宗務当局に通告、さらに富山県庁にその認証申請書を提出したこと(本件申請)は、宗門の秩序を紊乱したことは明白である。」との理由により、重懲戒七年の処分を受けた。この重懲戒は、懲戒に処された期間中、「自己が所属する寺院以外の場所において僧侶の分限を行うことを禁止し、すべての役職務を差免し、教師、学階、褒賞及び一般衣体を除く衣体をはく奪し、常班を最下級に降ろす」ことを内容とする処分である。大谷暢道は、右処分に対し、その取り消しを求めて京都地方裁判所に訴えを提起したが、平成元年三月二〇日右請求は棄却され、さらに控訴したが、右控訴も棄却された。(〔証拠略〕)。

7  大谷派は、平成二年三月瑞泉寺の特命住職として、上野諦(以下「上野」という。)を任命した。

8  上野は、平成二年三月二六日、本件申請の取下げ申請書を富山県知事に提出し、富山県知事は、本件申請書及びその添付書類を上野に返還した(〔証拠略〕)。

二  争点

1  所轄庁である富山県知事の本件申請に関する行為の違法性について

(原告らの主張)

(一) 本件申請を受理しなかったこと(本件窓口預かり)の違法性

宗教法人法二八条一項にいう受理とは、所轄庁(本件では富山県知事)が同法二七条に定める申請書類が具備されているかどうかを審査し、これが揃っていれば直ちに受理すべきものと解されている。そして、本件申請の受理に当たって必要とされる審査期間は、この審査が形式的審査であることを考慮すると、いくら長くても五日で足りるというべきである。

本件申請は、同法二七条に定める書類をすべて揃えてなされたものである。したがって、富山県知事は、同法二八条一項に定めるところにより、本件申請を受理した日を付記した書面でその旨を瑞泉寺に通知すべき義務があった。しかるに、富山県知事は、右に違反し、本件申請につき受理の通知をなさなかったのみならず、「窓口預かり」と称して、受理そのものを拒んで、違法に握りつぶしたものである。よって、富山県知事が、本件申請を受理しなかったことは違法である。

(二) 法定期間内に認証決定をしなかった違法性

宗教法人法二八条二項、一四条四項では、所轄庁は、宗教法人の規則変更の認証申請を受理した場合には、受理した日から三か月以内に当該規則の変更について認証に関する決定をしなければならない旨を定めている。この規定は、所轄庁に、三か月以内に決定すべきことを義務づけたものである。この趣旨は、憲法が保障する信教の自由の尊重という宗教法人法の基本理念に基づき、所轄庁の事務処理がいたずらに遅滞し、国民に無用の損害を与えないよう一定期間内に事務処理を終える義務を所轄庁に課したものである。

申請を受理した日から三か月以上経過してもなお認証に関する決定がなされないときには、それが被包括関係の廃止を内容とする規則変更の認証申請の場合には、認証に関する決定の遅滞により、直接宗教上の分離独立の自由の侵害を引き起こすものである。

本件においては、富山県知事は、本件申請の受理に当たって必要とされる審査期間を経過してもなおこれを受理せず、また右受理に要する期間から更に三か月以上経過したにも関わらず、認証に関する決定をしていない。このため、瑞泉寺の大谷派からの分離独立が妨害され、原告ら門信徒の有する信教の自由の重要な内容である宗教上の分離独立の自由が違法に侵害された。

(三) 離脱通知後二年以内に認証に関する決定をしなかった違法性

宗教法人法二六条一項の趣旨は、ある宗教法人の被包括関係の廃止に関する意思を包括宗教団体が拘束することのないようにするところにある。また、同法七八条一項の趣旨は、包括宗教団体の、その包括する宗教団体の被包括関係の廃止に関し、不利益処分を禁止するところにある。これらは、信教の自由の内容である分離独立の自由の保障の見地から設けられた規定である。

ところで、右七八条の不利益処分の禁止の効力は、包括宗教団体に対する同法二六条三項所定の離脱通知後二年を経過すると及ばなくなるので、包括宗教団体は、右期間経過後は、不利益処分をなすことが可能となる。したがって、所轄庁は、離脱通知から二年以内に離脱にかかる規則変更の認証手続を終了することが同条の規定から強く要請される。

本件においては、瑞泉寺は、大谷派に対して昭和五四年六月に被包括関係廃止の通知をなしている。したがって、宗教法人法七八条一項の右要請からして、富山県知事は、本件申請につき、遅くとも右通知がなされてから二年以内に認証に関する決定をしなければならなかった。しかるに、富山県知事は、右通知後二年以上経過しているにも関わらず、本件申請に対し、認証に関する決定を行わず放置したものであり、その行為の違法性は重大である。

(四) 故意による分離独立の自由に対する侵害

宗教法人法二八条二項、一四条二項では、所轄庁が、宗教法人の規則の変更の認証ができない旨の決定をしようとするときには、その申請者に意見陳述の機会を与える旨を規定している。ところで、本件申請については、右意見陳述の機会は与えられていない。そうすると、富山県知事は、本件申請にかかる規則変更を認証することができないと考えていなかったことは明らかである。だからこそ、富山県知事は、本件申請を「窓口預かり」という形で握りつぶしたのであり、瑞泉寺の独立を阻止し、それを妨害する意図の下で右行為を行ったことは明らかである。したがって、右行為は、原告ら瑞泉寺の門信徒の宗教上の分離独立の自由を違法に侵害したものである。

(五) 原告らの主張のまとめ

世界人権宣言一八条及び国際人権規約B規約には、宗教の自由に関する具体的内容として宗教の変更を含む宗教選択の自由及び単独又は共同で宗教活動を行う自由が保障されなければならない旨、すなわち宗教結社の自由が規定されており、これには宗教上の分離独立の自由も含まれる。また、憲法二〇条の保障する信教の自由の内容としても、宗教結社の自由が保障されており、この内容として宗教団体の分離独立の自由が含まれている。

前記(一)ないし(四)の富山県知事の行為は、右に述べた原告らの宗教上の分離独立の自由を違法に侵害したものである。

(被告の主張)

(一) 原告らとの関係での違法性の不存在

国家賠償法上公務員の行為が違法となるためには、その公務員が国民に対して負う職務上の法的義務に違反することが必要である。ところで、宗教法人法は、宗教団体に財産等の所有等の法律上の能力を付与するだけのために宗教団体に対して一定の行為を要求するとともに、都道府県知事や文部大臣が宗教団体に対して一定の行為義務を負うことを定めた法律であり、同法により、個人が都道府県知事等との間で何らかの法的権利義務関係を有するに至ることはあり得ない。このことは、同法二六条以下の規則変更手続の規定の解釈にも貫徹されるべきであり、とすれば、同法二六条が定める宗教法人が規則を変更しようとするときに一定の手続を経た上で都道府県知事等の認証を受けるべき義務は、あくまでも宗教法人が負う義務であり、個人が負う義務でないことは明らかであり、同様に、同法二八条が定める、都道府県知事等が右認証の申請を受理した場合に認証又は認証することができない旨の決定をなすべき義務も、都道府県知事等が宗教法人に対して負う義務であって、個々人の権利に対応した関係での法的義務ではない。

よって、本件で原告らが主張する所轄庁である富山県知事の行為は、個人にすぎない原告らに対する関係で違法評価の対象とはなりえないものである。

原告らは、瑞泉寺の門信徒が法律上の地位を有することを理由として、原告らは富山県知事の行為による直接の法律上の利害関係があると主張するが、瑞泉寺の門信徒は瑞泉寺という宗教法人そのものではない以上、門信徒たる地位の性質如何によらず、原告らが所轄庁である富山県知事の法的義務の相手方となり得ないことは明白である。

(二) 瑞泉寺に対する関係での違法性の不存在

本件において、所轄庁である富山県知事の本件申請に対する決定の遅滞が、瑞泉寺との関係で国家賠償法上違法となるためには、単に宗教法人法が要求する決定までの期間を経過して決定しなかったという事実のみでは足りず、富山県知事が具体的状況下において、職務上尽くすべき法的義務に違反したことが必要である。

本件においては、富山県知事は、常に申請者の意向を尊重して審査を行い、真摯に対応を検討してきた。本件申請に対する決定が遅滞したのは、そもそも本件申請の要件具備の有無につき疑義があったため調査を要したこと、瑞泉寺関係者から富山県知事に対して表明された意思が統一されていなかったために確認を要したこと、及び、瑞泉寺の意思を正当に表明すべき代表者を確認できなかったことなど、やむを得ない事情が存在したためである。したがって、富山県知事には、遅滞を解消するための努力を懈怠していた事実はなく、違法と評価すべき法的義務違反は存在しない。

なお、富山県知事は、本件申請に関与した代表役員以外の責任役員及び総代の資格に関し疑義があったため、本件申請を受理する前に、形式的審査の一環として、これらの者の資格の有無についての調査を行ったが、この審査は、本件申請当時の規則変更認証申請の審査方式として他の都道府県においても行われており、申請を受理した場合の審査に備えて受理通知前に予備的な審査を行ったとしても宗教法人法に抵触するものではないとする文部大臣裁決も存在することからすれば、これを違法と評価することはできないというべきである。

2  原告らに損害は生じたか

(原告らの主張)

(一) 原告らの瑞泉寺における法的地位

瑞泉寺の門信徒は、瑞泉寺規則(以下「規則」という。)上、<1>院議会の推薦により代表役員以外の責任役員に選任される被選定資格、<2>輪番の上申に基づき住職により院議会の議員に選任される被選定資格、<3>総代等に選定される被選定資格を有しており、これらの役職に選定されることを通じて、宗教法人としての瑞泉寺の運営に直接関与しうる地位にある。したがって、瑞泉寺における原告ら門信徒の地位は、具体的な権利義務ないし法律関係を含む法律上の地位である。

そして、本件申請は、瑞泉寺が大谷派から離脱し、門信徒から院議会議員、総代、責任役員を選定するに当たり大谷派から何ら支配、拘束されることなく自由に選定することを意味するものであるから、本件申請による規則変更が認証されるか否かは原告ら門信徒の法律上の地位に直接影響を及ぼすことは明らかである。

また、瑞泉寺の門信徒は、拠出金を拠出することにより宗教法人としての瑞泉寺の経費を賄うという地位にある。加えて、規則では、瑞泉寺の目的の一つとして、門信徒の教化育成をあげているが、門信徒の存在を抜きにして宗教団体の存在はあり得ないところであり、更に瑞泉寺もその一つである浄土真宗の寺院においては、信者の組織として「講」が結成され、浄土真宗の開祖である親鸞上人の同朋精神に基づき、熱心に宗教活動を行ってきているところ、瑞泉寺では、この「講」として「二八日講」、「大谷婦人会」が組織され、原告ら門信徒は、瑞泉寺において熱心に宗教活動を行ってきた。したがって、原告ら門信徒は、瑞泉寺が営む宗教活動の重要な主体であり、宗教法人である瑞泉寺の重要な人的構成要素をなし、これは一つの法律上の地位に当たる。

原告らと瑞泉寺の具体的な関係は、別紙(原告ら準備書面第五の一、二、同第九)のとおりである。

(二) 瑞泉寺における住職、輪番の地位

原告ら門信徒の宗教活動を指導し、瑞泉寺における宗教活動を主催する地位にあるのが住職・輪番である(なお、瑞泉寺では、住職は常駐していないので、輪番が住職に代わり瑞泉寺の事務を司っている。)。このため、住職、輪番が、原告ら門信徒の信仰や宗教活動にとり極めて重要な役割を果たすものである。したがって、住職、輪番が誰であるか、また、いかなる方法で任命されるかは、原告ら門信徒の宗教活動に重要な影響を与えるものである。

本件申請前の規則では、「住職は、宗憲により、教師のうちから真宗大谷派の管長が任命する。」、「輪番は教師について管長が任命する。」と規定してあった。

(三) 本件申請の内容

本件申請は、大谷派との被包括関係を廃止するとともに、前記大谷派による瑞泉寺の住職、輪番の任命制度を廃止し、門信徒が自主的に住職、輪番を任命できるように改めることを目的としている。

ところで、規則では、門信徒のうちから院議会議員を選定するに当たり、住職及び輪番が選定権限ないし上申権限を有している。また、総代についても、規則では明記されていなかったものの、住職が選任権限を有するものと解されていた。したがって、包括宗教団体である大谷派は、大谷派管長の有する住職、輪番の任命権を通じて、瑞泉寺の院議会議員及び総代の選定を支配統制しうる立場にあることは明らかである。

よって、本件申請の目的は、瑞泉寺の大谷派からの離脱、独立を求めるところにあり、これは、前記宗教上の分離独立の自由の具体的内容である。

(四) 本件申請をなすに当たっての原告らの関与について

本件申請前の規則において、大谷派との被包括関係を廃止するためには、この旨の規則の変更が必要で、右変更は院議会の議決が必要である(規則二二条一項)。そして、院議会は、瑞泉寺の末寺の住職四名、高岡教区内組長八名、総代五名、崇敬教区内の教師及び門徒のうちから輪番の上申により住職が選定した者二五名で構成されている。右住職が選定した二五名の院議会議員のうち一九名は、実際には、門信徒のうちで二八日講、大谷婦人会、巡回員及び賽銭方の団体から推薦を受けた者を選定する形が取られてきた。そして、右一九名の院議会議員派が院議会で多数を占めるから、その動向が議決に当たっては重要である。

ところで、右規則変更については、まず第一に、原告らにより構成されている二八日講など門信徒の集会、会合などにおいて、大谷派との被包括関係を廃止し瑞泉寺の独立を図るべきであるという意思を決定し、その上で、二八日講などを選出母体とする院議会議員を初めとする院議会議員に門信徒の多数が瑞泉寺の独立を望んでいることを伝えてこれを実現するために院議会において、右規則変更に賛成の決議をするよう要請し、次いで、二八日講などを選出母体とする門信徒の中から選定されて院議会議員は、昭和五四年六月一二日に開催された瑞泉寺の臨時院議会において、右規則変更を決議したものである。

以上のとおり、原告らは、瑞泉寺の門信徒として二八日講、大谷婦人会、巡回員又は賽銭方であるところから、いずれも二八日講などの門信徒の集会、会合において、右のとおり意思決定を行い、かつ右門信徒の意思を院議会議員に伝えて、これにしたがって右規則変更に賛成の決議をするように働きかけ、最終的に、右規則変更の決議を行うまで、各段階における大谷派との被包括関係の廃止に向けて瑞泉寺の内部的な意思形成に積極的に関与し、これに大いに推進寄与してきたものである。

(五) 本件申請後、原告らがとった行動

瑞泉寺は、昭和五四年一二月二一日、本件申請を富山県知事に対し行ったが、富山県知事は、本件申請を受理しなかった。そこで、<1>二八日講は、昭和五六年八月二八日、役員総会を開催して、瑞泉寺独立の早期実現を期する旨の決議を行い、同日付で「井波別院瑞泉寺独立早期実現についてお願い」と題する書面を富山県知事宛に提出し、本件申請の早期認証を求めるための要請行動を行い、<2>昭和五七年九月二八日、責任役員代務者上田祐邦他二三名が、瑞泉寺独立の早期実現を図るため、富山県知事に対して、本件申請を速やかに認証いただきたい旨の陳情書を提出し、<3>瑞泉寺の巡回員一七名は、富山県知事に陳情書を提出し、瑞泉寺の独立を実現するため、本件申請の早期認証を陳情し、<4>昭和五六年九月、一万一四二六名の署名による「井波別院瑞泉寺独立早期実現陳情書」を富山県知事に提出し、瑞泉寺独立を実現するため、本件申請の早期認証を求める陳情を行った。原告らの一部又は全部は、これらの運動に、積極的に関わった。

(六) 本件申請が受理されなかったことにより原告らに生じた損害

富山県知事の違法な窓口預かり(本件窓口預かり)により、原告らの法的地位が著しく不安定なものとなり、原告らの有する宗教の自由、特に宗教上の分離独立の自由が直接侵害され、以下のような混乱した事態が引き起こされた。

(1) 瑞泉寺は、昭和五四年六月一二日の院議会で大谷派からの離脱を決定し、本件申請に及んだが、富山県知事は、前記のとおり本件申請を違法に放置した。

その結果、大谷派は、右放置を奇貨として、昭和五六年六月一一日付で公布、施行した大谷派宗憲及び別院条例により瑞泉寺の住職に大谷光暢が就任することになった旨を、同月一九日付で富山県知事に通告した。また、大谷派は、同年九月一二日付で、瑞泉寺の輪番に、高岡教務所長高山龍渓を任命する旨を瑞泉寺に通知した。

ところで、従前から、瑞泉寺の住職には大谷暢道が、輪番には椿井隆信がそれぞれ就任しており、その職責をまっとうしていたものであり、その後もその実態は何ら変わるところがなかった。しかし、大谷派による右通告、通知により、実質的に瑞泉寺の住職、輪番の地位にある者と、大谷派により形式上住職、輪番の地位に任命された者とが存在するという異常な事態が出現した。前記のとおり、瑞泉寺の住職、輪番は、瑞泉寺における宗教活動を主宰し、原告ら門信徒の信仰、宗教活動に直接影響を及ぼす者であり、かつ、院議会議員及び総代の選定に関し重要な権限を有しているところから、右の事態により、原告ら門信徒の法的地位は著しく不安定な立場に置かれ、原告らの信仰、宗教活動には著しい混乱が生じた。これにより原告らの受けた精神的苦痛は、極めて重大であり、その損害は計り知れない。

特に、原告らのうち、従前から瑞泉寺の住職により院議会議員などに選定され、瑞泉寺の運営に直接関与してきた原告長谷与吉等は、包括宗教団体である大谷派から正規の院議会議員としての地位を否認される屈辱的な取り扱いを受けた。また、瑞泉寺の賽銭方を勤めてきた原告太田長太郎等は、瑞泉寺規則では明記されていないものの、瑞泉寺の輪番により賽銭方として選定され、賽銭の収納管理という重要な職責を果たすことにより、瑞泉寺の財政活動を支えてきたものであるが、大谷派が新たに任命した輪番から、賽銭方としての地位を認められないという屈辱的な取り扱いを受けた。

(2) 前記高山は、昭和五六年一一月一三日付で富山県知事に対し、瑞泉寺の代表役員変更届を提出した。そして、高山は、同年一二月頃から翌年一月頃にかけて、瑞泉寺の預金先の金融機関に対して、瑞泉寺の代表役員が変更したので高山名義以外の預金の引き出しに応じてはならない旨通知した。そのため、瑞泉寺の預金の引き出しは、事実上不可能となった。この預金は、原告らが出した拠出金及び賽銭方が収納した賽銭等を源泉とするものであり、右措置により、原告らの信仰活動が著しく阻害され、原告らは甚大な精神的苦痛を受けた。

(3) 大谷派は、平成二年三月一二日、瑞泉寺の特命住職として上野を任命、派遣するとともに、上野等を中心として、大谷派が、瑞泉寺を直接自己の監視支配のもとに置くため、実力行使によって瑞泉寺を占拠しようと企て、大谷派からの分離独立を求める原告ら門信徒を実力で屈服させようとした。このため、原告ら門信徒と上野等が監視支配する瑞泉寺との間で、激しい衝突を招くことになり、流血の事態さえ引き起こされた。

(4) これらはいずれも、富山県知事の違法な「窓口預かり」により、瑞泉寺の大谷派からの分離独立が認められず、原告らの法的地位が著しく不安定な状態に置かれたことに起因するものである。このため、瑞泉寺の大谷派からの分離独立を求める原告らの宗教上の人格権は侵害され、原告らは著しい精神的苦痛を受けた。

(被告の主張)

(一) 原告らは、間接被害者であり、損害賠償請求を求めることはできない。

仮に、瑞泉寺の規則変更に関する富山県知事の処分の遅滞が違法であったとしても、このことによる損害は処分の相手方である瑞泉寺に生じるものであり、原告らは、瑞泉寺に損害が生じて初めて精神的苦痛を被るものであるから、その意味で原告らは間接的又は反射的な被害者である。そして、現行法は、原則として間接被害者の精神的苦痛自体を法的保護の対象としておらず、例外として、間接被害者に損害賠償請求が認められるためには、直接の被害者の被侵害利益が生命侵害又はそれに準ずる侵害の場合のように社会通念上重要であり、かつ、直接の被害者と間接被害者との間にきわめて密接な精神的結びつきがあることが社会一般上認められることが必要である。

本件においては、富山県知事の右処分の遅滞が違法であった場合の瑞泉寺の被侵害利益は、社会通念上、生命に準ずるほど重大なものとは認められず、原告らと瑞泉寺との結びつきについても、信仰に基づく精神的な結びつきであって、このような特殊な関係は、教義の内容や各個人の信仰の深さによって異なると考えられ、社会一般に客観的、普遍的なものとして受け入れられるようなものではない。したがって、原告らの主張する損害は、法的救済の対象とはなりえない。

(二) 原告らには、保護すべき法的地位は存在しない。

瑞泉寺には、原告らのほとんどが記載されていない「直門徒名簿」しか存在せず、しかも、右名簿には歴史的な経緯により他寺の門徒とされなかった者が記載されているにすぎず、記載内容の定期的な確認訂正も行われていないため、右直門徒名簿に記載された者と瑞泉寺とが日常的な関係を有しているか否かさえも明らかではない。

そして、瑞泉寺の門信徒の大多数は、他寺の檀家でもあり、瑞泉寺の門信徒の直接の宗教活動の場が瑞泉寺のみとなっているわけではない。瑞泉寺と強い結びつきのある末寺はあるが、これらの末寺の檀家であるからといって、当然に瑞泉寺の門信徒になるわけではない。更に、瑞泉寺の門信徒であるからといって、定期的又は割当的な金員の負担を要しないばかりか、住居地の地域限定さえない。結局、瑞泉寺の門信徒であるか否かは、瑞泉寺に対する信仰心を有しているか否かの一点に尽きるのである。

このような「内心の信仰心」のみが要件となり、他に何ら客観的基準も持たない地位は法的な意味を持ちえないのみならず、裁判所が、この地位の有無を判断するには、当該宗教の協議の内容や各個人の信仰内容に立ち入らざるを得ないこととなり、そのような判断は、司法判断の範疇に属さない。

(三) 原告ら主張の損害は、司法救済の対象とはなりえない。

原告らの主張する損害は、瑞泉寺に対する処分が遅滞したことにより焦燥、不安の念を抱かされたというものであるが、このような精神的苦痛は、原告らが瑞泉寺の教義の信奉者であり、瑞泉寺に帰依するものであるという原告らに内在する宗教心に端を発しているものである。そうだとすると、その損害の程度は、原告らの宗教的立場あるいは信仰心の深さによって個人差があると考えられ、その損害を賠償するためには、原告ら一人一人の宗教心に立ち入って損害の程度を判断しなければならないこととなる。しかし個人の宗教心という問題は、極めて個別的、主観的なものであるから、その程度を客観的に判断することは不可能であり、また、瑞泉寺の教義の内容も判断せざるを得なくなるが、そのような判断を行うことは司法審査の範疇に属さない。したがって、原告らの損害は司法救済の対象とはなりえない。

仮に信者に宗教上の人格権が認められるとしても、通常の感情を害する程度の不利益はその保護の範囲から除かれ、ある一定限度を超えた宗教心ないし宗教感情に対する不利益のみが問題となるはずであるところ、原告らの主張するものは、社会通念上その人格に影響を及ぼすほどのものではなく、宗教上の人格権をもって原告らの損害を根拠づけることはできない。

(四) 原告らの主張(六)に対する反論

(1) 宗教上の分離独立の自由の侵害について

宗教法人法上の都道府県知事の権限は、宗教団体の宗教上の事項に及ぶものでないから、本件申請に対する富山県知事の処分がどのようなものであっても、瑞泉寺が大谷派から分離独立して宗教活動を行うことは、法律上何の制約も受けない。まして、原告らは、富山県知事の行為に関わらず、任意の宗教団体に属し、又はこれから離脱して自由な宗教活動を行うことができるから、何ら損害は生じていない。

(2) 原告ら主張の、瑞泉寺の住職大谷暢道及び輪番の椿井隆信は、大谷派から重懲戒の処分を受け、その結果、その職を失った。そして、この処分は本件申請と何ら関係なく有効に存在している。よって、原告ら主張のように、住職、輪番が複数存在したことはない。

(3) (六)で原告らが主張するその他の損害も、原告らには発生していない。

仮に発生していたとしても、その原因は、いずれも、瑞泉寺が大谷派からの分離独立の意思を表明したことに起因する宗教法人間の勢力争いに関する事柄にすぎず、本件申請に対する富山県知事の対応により生じたものではないから、富山県知事の行為との因果関係は存在しない。

3  消滅時効の抗弁

(被告の主張)

(一) 平成六年(ワ)第一八五号事件は、富山県知事が、瑞泉寺に対して本件申請書を返還した平成二年一二月一九日から三年以上経過した後に提起されたものである。したがって、右事件の原告らの損害賠償請求権は時効により消滅しているので、被告はこれを援用する。

(二) なお、原告らは、本件申請書の返還行為を違法無効と主張するが、規則変更認証申請の取下げについては、宗教法人法に手続が定められていないから、宗教法人の代表者が申請取下げの意思を表明した場合において、その意思が一応真実と認められる場合には、富山県知事はこれに応じる他はないというべきである。本件申請の取下げに関しては、上野が瑞泉寺の代表者であることが判決により確認された上、その意思決定の真実性を疑わせる事実は存在しなかったため、富山県知事が上野に申請書を返還したものであり、適法である。

(原告らの主張)

(一) 原告らは、上野が瑞泉寺の代表役員であることを争ってきたのであり、被告の主張する判決が名古屋高等裁判所金沢支部で言い渡されたのは平成四年一二月一〇日であるから、本件申請書の返還の時点では第一審判決は確定しておらず、原告らは、右判決がなされるまで、本件申請書の返還の前提として本件申請の取下げが適法になされたことを知りえなかった。よって、消滅時効が進行するのは、この時以降である。

(二) 仮にそうでなくとも、宗教法人の被包括関係の廃止にかかる規則変更の認証申請の取下げは、その前提として、一旦なされた被包括関係の廃止にかかる規則変更の意思決定の撤回を意味するものであるから、被包括関係の廃止の場合と同様に、当該宗教法人の規則の定めるところに従って、意思決定の手続を経ることが必要であることは、宗教法人法二六条の要請するところである。このように解さなければ、認証申請の取下げという宗教法人の根幹に関わる重要な行為が、代表役員の専断によりなしうることになる。しかるに、本件申請の取下げについては、代表役員以外の責任役員の選出手続に重大な瑕疵があり、責任役員会が適法に構成されていないという違法があり、更に、認証申請の取下げについて信者その他の利害関係人に対して宗教法人法二七条などに定める公告がなされていないという明白で重大な違法があり、本件申請の取下げ申請は無効である。したがって、消滅時効は進行していないことになる。

第三  証拠

本件記録中の、書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  本件申請に関する事実経過

前記第二の一で判示した事実及び後掲の証拠によれば、本件申請等に関する事実経過については、次のとおり認められる。

1  瑞泉寺は、大谷派の被包括宗教団体として活動してきたが、大谷派は、昭和五三年ころ、宗憲及び別院条例の改正を企図し、大谷派の宗務総長が別院の輪番を任命し、この輪番をして別院の代表役員とし、住職の代表権をはく奪すること、院議会の開会中に宗憲や条例に違反する発言があった場合には、輪番はその会議を中断し、教務所長を通じて宗務総長に報告し、その指示を仰ぐことなどを内容とした改正案を作成した。(〔証拠略〕)

瑞泉寺は、それまで、門信徒の意見を反映した院議会の決議に基づき自主的に運営されていたことから、瑞泉寺の門信徒らのなかには、右改正案を受け入れることができないと考え、大谷派との被包括関係を廃止し、大谷派から離脱、独立することを目指す者がでてきた。(〔証拠略〕)

2(一)  ところで、瑞泉寺の寺院規則を改正し、瑞泉寺が大谷派との被包括関係を廃止するための手続としては、責任役員全員の賛成、総代全員の同意、院議会の多数決による議決を経た上で、瑞泉寺の事務所の掲示板に右変更の決議内容について掲示するとともに、瑞泉寺の包括宗教団体である大谷派に対して離脱の通知をし、富山県知事に対して右規則変更の認証申請をすることが必要である。なお、規則では、院議会は、四二人の議員で構成され、総議員の過半数以上の出席者がなければ、議事を開き議決することができないと定められていた。ただし、院議会議員の定員のうち規則一八条一号による院議会議員については、当時内一名が責任役員になっており、また内一名が瑞泉寺の職員を兼ねていたので、院議会議員とはなっていなかった。(〔証拠略〕)。

(二)  瑞泉寺においては、従来、瑞泉寺の門信徒で構成される二八日講や、巡回員、賽銭方で構成される信巡会が推薦した人物を、輪番が上申して住職が院議会議員に選任してきた。(〔証拠略〕)

(三)  本件申請に際しては、昭和五四年六月七日、責任役員会が開催され、当時の代表役員である大谷暢道、責任役員の土屋昭、同横山善作が出席し、全員一致で瑞泉寺の規則一部変更案が可決され、同日、総代全員が、右変更案に賛成し、同月一二日、臨時院議会が開催され、出席者三七名(うち、委任状による出席者は一〇名)、欠席者三名であったところ、賛成三二名(うち、委任状による出席者の賛成は一〇名)で右変更案は可決された(以下「本件決議」という。)。そして、右決議内容は、同月一四日から二四日までの間、瑞泉寺の事務所の掲示板に掲示され、瑞泉寺は、同月一四日、大谷派に対して、大谷派との被包括関係を廃止することになった旨を通知した。(〔証拠略〕)

(四)  右各決議に先立ち、総代は、右問題に関し、公式、非公式に協議をし、また、二八日講や賽銭方、巡回員で構成される信巡会でも、役員会その他の会合を開き、右問題に関し協議した。そこでは、瑞泉寺の大谷派からの分離、独立を求める方向で意見がまとまった。本件決議で、瑞泉寺の大谷派からの分離独立に賛成した院議会議員は、その出身母体である二八日講などの右の意向を受けて賛成したものである。(〔証拠略〕)

3  瑞泉寺は、右2の手続を経た上で、昭和五四年一二月二一日、富山県知事に対し、右手続を経たことを証する書面を添付して規則の一部変更の認証申請(本件申請)を行った。これに対して、富山県知事の担当者(総務部総務課法規係長川口康、以下「川口」という。)は、申請に必要とされる書類は具備されていたが、右2記載の責任役員、総代とされる者の資格について若干疑義があり、この点を、昭和五四年一二月二五日付で、大谷派高岡教区会議長鳥越正章らから提出された陳情書で指摘されたので、正式に受理せず、宗教法人法二八条一項の受理前の手続として、右疑義について審査することにした(本件窓口預かり)。そして、川口において、右疑義について調査したところ、川口は、本件決議に関与した責任役員の選任に関する議事録が作成されていないと認識したので、本件申請を受理して認証することは困難であるとの見解を持った。しかし、川口は、本件申請に対し認証、不認証いずれの結論を採っても、訴訟になると判断したので、本件申請に対する結論を出すにはその法的な裏付けや結論に至るまでの書類、証拠を十分整理する必要があると考え、当分の間受理しないこととした。(〔証拠略〕)

4  また、大谷派も、昭和五五年一月一八日、富山県知事に対し、宗教法人法二六条四項に基づき、瑞泉寺の宗派離脱行為は宗門の歴史、伝統に基づく内部規範を否定する不法行為であること、及び本件決議はその手続において寺院規則に違反しており本件決議は無効であることを指摘して、本件申請を却下又は不認証とするよう要請した。(〔証拠略〕)

5  昭和五五年六月九日、瑞泉寺の総代菊野久太郎及び同島田英治が、富山県に対し、本件申請の受理を延期するよう陳情した。その理由は、<1>瑞泉寺の離脱は大谷派の宗憲の改正を阻止することを目的としており、永久に離脱することを目的としていないこと、<2>宗憲の改正は阻止され、現段階では離脱についての合意が整っていないこと、<3>宗教上は本山との関係を絶つことは歴史的経緯等から見て問題があるというものであった。これに対し、富山県知事は、本件決議に関わりのある者の地位などについて、その選任手続が正当になされたか否かを検討し、また離脱の要件である総代全員の同意に疑義が生じたので、今後の瑞泉寺の動きに注目しながら対応する旨の方針を取ることにした。(〔証拠略〕)

6  また、川口は、昭和五七年二月ころ、文化庁宗務課に出向き、本件申請に対する対処方法につき意見を打診した、その結果、昭和五六年度内に結論を出すべきであり、本件申請を受理、認証するのは困難であるとの前提の下に、瑞泉寺の意思が変わったので申請書を返却するか、又は、受理した上で、規則変更の意思を確認し、この確認がとれなければ不認証の決定を行うか、いずれかの方法を採るのがよいとの意見を得た。(〔証拠略〕)

7  前記陳情、要請の他に、次のとおり、本件申請につき賛成、反対の陳情が富山県知事に対しなされた。

(一) 本件申請に賛成するもの

昭和五七年 九月二八日 瑞泉寺責任役員上田祐邦ら(〔証拠略〕)

昭和五八年 八月 一日 瑞泉寺巡回員堀養一郎ら(〔証拠略〕)

昭和六〇年 七月一七日 大谷暢道(〔証拠略〕)

平成 二年 三月 九日 瑞泉寺総代牧野尚ら(〔証拠略〕)

平成 二年 三月二三日 井波町商工会青年部長松川紀久(〔証拠略〕)

平成 二年 三月二六日 大谷暢道(〔証拠略〕)

ただし、後記上野の取下げ申請についての反対の申入れ

平成 二年 六月 五日 瑞泉寺総代牧野尚ら(〔証拠略〕)

(二) 本件申請に反対するもの

昭和五五年 一月一八日 大谷派富山教区教区会議長菊嶋俊雄ら(〔証拠略〕)

昭和五五年 一月二一日 大谷派富山教区第九組門徒会会長数井太十郎ら(〔証拠略〕)

昭和五五年 一月二二日 大谷派富山教区第九組組長島倉寿慶ら(〔証拠略〕)

昭和五五年 一月二三日 大谷派富山教区門徒会代表日合松次郎ら(〔証拠略〕)

昭和五五年 七月 四日 井波別院教巡会代表高橋義明ら(〔証拠略〕)

昭和五六年 一二月一七日 瑞泉寺責任役員土屋昭ら(〔証拠略〕)

ただし、本件申請の取下げ願書

昭和五七年 七月二七日 高岡教区第一組門徒会会長糟屋外信ら(〔証拠略〕)

昭和六一年 六月 九日 大谷派高岡教区高岡教務所長藤島昭順ら(〔証拠略〕)

昭和六一年 八月 五日 大谷派高岡教区勝蓮寺住職大澤周定ら(〔証拠略〕)

昭和六二年 五月一二日 大谷派高岡教区谷口外信他(〔証拠略〕)

昭和六二年 九月三〇日 大谷派高岡教区会議員武種晃ら(〔証拠略〕)

昭和六三年 二月 一日 大谷派富山教区会議員大伴文恵ら(〔証拠略〕)

平成 二年 七月 二日 大谷派富山教区長老寺住職長守昭琢ら(〔証拠略〕)

平成 二年 七月二〇日 大谷派長浜教区特別緊急事態対策委員会委員長東谷正弘ら(〔証拠略〕)

8  昭和五五年一一月二二日、京都簡易裁判所において、大谷派の宗務総長らと大谷光暢、大谷暢道らとの間で、以下の内容の即決和解が成立した。

(一) 大谷光暢は、大谷派の代表役員の地位を管長から宗務総長に移すことに同意する。

(二) 大谷光暢と大谷暢道は、大谷派に包括されている別院について、その代表役員の地位を住職から輪番に移すことに同意し、大谷光暢と大谷暢道が住職となっている別院については、その趣旨に沿った別院の規則の変更に必要な行為をするとともにその規則変更認証の申請を所管の都道府県知事に対して行う。

9  平成二年三月二六日、瑞泉寺の特命住職上野諦は、富山県知事に対し、本件申請の取下げ申請書を提出し、富山県知事は、本件申請書及びその添付書類を上野に返還した。

二  富山県知事の本件申請に関する行為の違法性(争点1)について

1  受理手続について

【要旨一】宗教法人法二八条は、規則変更の認証申請を受理した場合における所轄庁の事務手続を規定する。ところで、同条にいう受理すべきか否かの審査、判断は、申請に必要な書類が整っているか否かという形式的観点からなされるべきである。もし、実質的事項の疑義を理由に右申請の受理そのものを拒めるとするならば、同条が、申請を受理した日から三か月以内に認証に関する決定を行わなければならないと規定し、所轄庁の事務処理がいたずらに遅延し、信教の自由を妨げたり、国民や宗教団体に無用の損害を与えたりすることのないようにした趣旨が没却されてしまうことになる。したがって、所轄庁は、申請に必要な書類が整っている以上は、一見してその記載内容が虚偽と認められるといった特段の事情のない限り、当該申請を受理すべきである。

前記一3で判示したとおり、本件申請は必要書類の整ったものであった。それにも関わらず、所轄庁である富山県知事は、これを受理せず、昭和五四年一二月二一日から平成二年三月二六日までの間、本件窓口預かりを継続したものであり、富山県知事の右行為は、規則変更の認証申請の受理手続において、許容された審査、判断権限の範囲を著しく逸脱しており、その違法性は明らかである。

被告は、本件窓口預かりを継続した理由として、本件申請に関し、責任役員及び総代の資格について疑義があったことを挙げるが、右事由は実質的審査事項であり、受理した後に審査すべき事項である。したがって、被告の右主張は、受理をせず、本件窓口預かりを継続したことを正当化する事由とはなりえない。その他、被告が争点1の(被告の主張)(二)で述べている諸事情も、同様に、受理をしなかったことを正当化しうる事由とはなりえないものである。

以上により、本件窓口預かりそれ自体が違法なものであると認められるところからすれば、原告ら主張のその余の違法事由について判断するまでもない。

2  原告らとの関係での国家賠償法上の違法性について

(一) 被包括関係の廃止手続について

宗教法人の規則の変更は、所轄庁の認証書の交付により効力が生じるものであり(宗教法人法三〇条)、被包括宗教団体が包括宗教団体との被包括関係を廃止する場合も、規則変更を伴うものであるから、同様に所轄庁の認証により効力が生じるものである。

(二) 宗教上の分離独立の自由について

憲法二〇条で保障する信教の自由の内容として、信仰の自由及び宗教上の結社の自由がある。そして、個々人の宗教活動は、多くの場合、特定の宗教団体を結成しあるいはこれに所属、結集することにより行われ、その宗教団体の教義、方針、宗教活動と密接不可分の関係を保持しているのが通例である。

一方、宗教団体の宗教活動は、多くの場合、その宗教団体を包括する宗教団体の教義、方針、宗教活動等に依拠して行われ、これと密接な関係を有しているのが通例である。

したがって、包括宗教団体の教義、方針、宗教活動のあり方や変更等は、即、被包括宗教団体の宗教活動に多大の影響を及ぼし、ひいては、被包括宗教団体の宗教活動のあり方を通じて、その信者の宗教活動に多大の影響をもたらすこととなる。

そうすると、包括宗教団体と被包括宗教団体との間で、教義、方針、宗教活動につき不一致、確執等が生じた場合には、被包括団体の宗教活動の自由を確保するために宗教上の分離独立の自由が重要であるのと同様に、被包括団体の信者個々人の信教の自由を確保する上でも、被包括団体が分離独立の自由を確保していることが重要である。すなわち、宗教上の分離独立の自由は、被包括団体の信者個々人の信教の自由の重要な要素をなすものというべきである。

(三) 原告らの権利侵害及び国家賠償法上の違法性

国家賠償法上の違法性は、公務員が具体的状況の下において、職務上尽くすべき法的義務に違反したかどうかという観点から判断すべきものであるところ、先に判示したところからすれば、本件窓口預かりは、本来の受理手続における審査の範囲を著しく逸脱したものであることは明らかであり、かつ、被告が、争点1の(被告の主張)(二)で調査、確認を要したと主張する事項は、いずれも受理手続で審査、判断すべき事項ではなく、その他富山県知事において速やかに本件申請の受理を行うにつき支障となる事情が存在したものと認めるべき証拠は何もないのであるから、富山県知事において、職務上の法的義務を尽くしたとは到底評価できない。

そして、前記のとおり被包括関係の廃止は、所轄庁が被包括関係を廃止する旨の規則変更を認証して初めて効力が生じるのであるから、この認証申請の受理手続を違法に怠たる行為である本件窓口預かりは、前記(二)で判示した被包括宗教団体の信者の信教の自由を直接侵害するものであるというべきであり、原告らに対する関係でも、国家賠償法上違法と評価すべきである。

(四) 被告の主張について

(1) 被告は、宗教法人法上、所轄庁が本件申請につき認証又は認証をしない旨の決定をなすべき義務を負っている相手方は、本件申請を行った瑞泉寺であり、原告らではないから、被告は原告らに対する職務上の法的義務に違反していないと主張する。

しかしながら、先にも判示したとおり、被包括宗教団体が包括宗教団体から分離独立することの自由は、その被包括宗教団体の信者個々人の信教の自由の重要な要素をなすものであるから、被包括関係の廃止を内容とする規則変更の認証申請について、法定の期間内に認証に関する決定をなすべき所轄庁の義務は、被包括宗教団体の信者に対する関係でも負うべき法的義務であると解するのが相当である。

よって、被告の右主張は採用できず、また同様に、被告の、原告らは間接被害者である旨の主張も、宗教法人法上原告らの利益は反射的利益にすぎないものとの主張も、いずれも採用できない。

(2) 更に、被告は、原告らは任意に宗教団体を設立することで自由な宗教活動ができるのであるから、宗教上の分離独立の自由は侵害されないと主張する。しかし、特定の宗教団体(本件では瑞泉寺)に所属し、これに結集して宗教活動をする自由は宗教上の結社の自由の一内容というべきであるから、被告の右主張は採用できない。

3  過失について

右に判示したところからすれば、所轄庁である富山県知事に過失があったことも明らかである。

二  損害(争点2)について

1  損害の発生について

前記のとおり、本件窓口預かりは、瑞泉寺の門信徒の信教の自由(宗教上の分離独立の自由)を違法に侵害するものであるから、これによって法的救済に値する精神的苦痛を被った場合、その精神的苦痛は、国家賠償法上の損害に該当し、これに対する損害を請求しうるものと解するのが相当である。

2  損害賠償を受けうる原告の範囲について

瑞泉寺は、直接の門徒(直門徒)は極めて少数しかおらず、この直門徒により、その宗教活動が支えられている寺院ではなく、主に、瑞泉寺の末寺の檀家により支えられている寺院である。そして、瑞泉寺における主要な宗教活動である法要、行事等については、右檀家が、瑞泉寺の二八日講の構成員、院議会議員、巡回員、賽銭方あるいは大谷婦人会の構成員として、中心的に活動をして支えてきたものと認められる。加えて、これらの者は、大谷派から分離独立を目的とする本件決議に際しても、前記一2で判示のとおり、積極的に関与、推進し、中心的な役割を果たしたものである。したがって、これらの瑞泉寺の門信徒は、本件窓口預かりにより、その分離独立の自由が直接侵害され、宗教活動に多大な影響を受けたものと認められる。(〔証拠略〕)

そうすると、右に判示した門信徒に該当する原告は、本件窓口預かりにより、宗教上の分離独立の自由が侵害され、損害賠償に値する精神的苦痛を受けたものと認めるのが相当である。

しかして、原告らのうち、原告松岡昭(原告番号一三)を除くその余の原告らについては、右に列挙した組織の構成員または役員のいずれかに該当し、右に判示した活動、役割を担ってきたものと認められるから、精神的苦痛に対する損害賠償を請求することができるものというべきである。しかしながら、原告松岡昭(原告番号一三)は、右に判示した組織に加入しておらず、役員等にも就任していないし、瑞泉寺を支える宗教活動や本件決議に至る活動を積極的に担ったものとも認められないから、賠償に値する精神的苦痛を受けたものとは認められない。(〔証拠略〕)

3  なお、原告らは、本件窓口預かりにより、争点2に関する原告らの主張(六)の(1)ないし(3)記載の具体的事態が惹起されたと主張するが、これらは、本件窓口預かりが継続している状況下で生じたものではあるが、大谷派あるいは特命住職の上野の能動的、積極的な行為が介在し、これが決定的な要因となって発生したものとみるのが相当であるから、本件窓口預かりと相当因果関係があるものとは認められないというべきである。

4  慰謝料額

前記事実関係、違法性の程度及び被侵害利益の性質等に鑑みると、前記2(一)に判示した原告らに生じた精神的苦痛を慰謝するには、原告一人につき金三万円が相当である。

5  被告の主張について

(一) 被告は、原告らの法的地位は「内心の信仰心」のみが要件となり、他に何ら客観的基準をもちえないので、司法救済の対象とはならないと主張する。しかしながら、右に判示した門信徒に関しては、自己の信仰心を外形的に表示し、積極的に宗教活動を行ってきた者であって、客観的な基準によりその範囲を画することが可能であるから、被告の主張は理由がない。

(二) 被告は、また原告らの苦痛は単なる焦燥、不安にすぎないと主張するが、先に判示したとおり、本件窓口預かりは、原告らの信教の自由の侵害に他ならないから、被告の主張は採用できない。

三  消滅時効の抗弁(争点3)について

1  先に判示したところからすれば、富山県知事の本件窓口預かりは、受理手続における形式的審査として許容される期間(その期間は、長くても規則変更の認証に関する決定のための審査期間として許容されている三か月を超えることはありえないと解される。)を徒過して以後、平成二年三月二六日に本件申請書を上野に返還し窓口預かりの事実状態が終了した時まで、本件申請を受理しないで放置しておくという違法状態を継続していたものであって、それは、右の全期間を通じて一個の違法行為と評価するのが相当である。

2  ところで、前記事実関係からすれば、原告らはいずれも、遅くとも、右違法行為の最終時点(本件申請書が返還された平成二年三月二六日)までには、富山県知事の本件窓口預かりが違法であり、これにより損害を被っていることを認識していたものと認められる。

3  したがって、富山県知事の右違法行為を原因とする損害賠償請求権は、右の平成二年三月二六日から三年の経過をもって、時効により消滅するものというべきであるところ、平成六年(ワ)第一八五号事件の原告ら(別紙原告目録(二)記載のとおり)が訴えを提起したのは、右の三年の期間を経過した後の平成六年七月一八日であることは明らかである。

よって、右の原告らの本訴損害賠償請求権は時効により消滅したものといわざるを得ない。

4  原告らは、上野のなした本件申請の取下げ申請は無効であると主張するけれども右取下げ申請の有効・無効は、本件申請書の返還により富山県知事の事実状態としての本件窓口預かり行為が終了したとの前記判断を左右するものではなく、右時効消滅の判断を揺るがすものではない。

また、原告らは、本件申請の取下げが適法にされたことを知らなかった旨主張するけれども、前記のとおり、本件窓口預かりが違法であること及びこれによる損害を知っていたものと認められる以上、消滅時効は進行を開始するのであって、本件申請の取下げの適否についての認識の如何は、右判断を左右するものではない。

したがって、原告らの右各主張はいずれも採用できない。

四  結論

以上の次第で、原告松岡昭以外の平成五年(ワ)第八〇号事件の原告らの本訴請求については、それぞれ右慰謝料金三万円及びこれに対する平成五年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、認容し、原告松岡昭以外の平成五年(ワ)第八〇号事件の原告らのその余の請求並びに原告松岡昭及び平成六年(ワ)第一八五号事件の原告らの請求は理由がないから棄却する。なお、仮執行免脱宣言は、相当でないから付さないこととする。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 堀内満 鳥居俊一)

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